the ruins of a castle 元々荒野のファルガイアだったが、完全な砂漠と呼べる部分は限られている。エマが指定したのは全てその部分だった。 何故砂漠にこだわったのかと言えば、最初に異変が起こったのはが砂漠で、尚かつ異物が見つかったから…に他ならない。 どんなに優秀な人間でもファルガイア全域を探し回るほどの機動力があるわけもない。しかし、とあの六人は思うだろう。 『そりゃないだろう。』…と。 「完璧。」 エマはそう言うと、一口飲んだカクテルを長椅子の横のテーブルに置いた。 「光栄です。エマ博士。」 それを受けてマクダレン深々と頭を下げる。彼女とその執事の上には大きなパラソルが、灼熱の太陽を遮っていた。 エマはセパレーツの水着にパレラ。スラリと長い脚を交差させて寝そべっている。 その横のテーブルには、その味温度とも完璧なカクテルとジェーンに送りつけられたものと良く似たモニター。見ると小さな点が無数に動いているのがわかる。 「探査用の機械は問題無く動いているようでございます。」 「ええ。」 エマも、それを一瞥すると胸の前に手を合わせて椅子に深く沈み込んだ。それを計っていたかのように、エマの前にフルーツが差し出される。 「お疲れでしょう。ベリーを冷やしておきました。」 「流石一流ね。完璧よ。パーカー。」 「は、エマ博士。」 「あら、訂正しないのね。執事さん。」 自分がわざと名前を変えたのを知っていて、返事をかえしたマクダレンにエマは笑う。 「興…というものも、解しているつもりでございますので。ただ、流石にお嬢様とお返事するのは無粋と存じました。」 「まさに完璧だわ。」 エマは、大きく頷くと妖艶な笑顔をマクダレンに返す。彼はお辞儀をする事は忘れずに、こう続けた。 「光栄に存じます。…さて、皆様方は収穫がございましたでしょうか?」 「まぁ、頑張ってもらわないとね。」 エマはそう言うとサングラスをかけ直し、午後のシェスタと決め込んだ。自分は探査する事なく機械にさせていながらの所業はあまりにも彼女らしかった。 「さてさて、お嬢様方はどうお過ごしでいらっしゃるのでしょうね。」 笑みを浮かべたマクダレンは、おっといけないと近くに止まっていたピンク色の六輪リムジンに向かう。 「お目覚めのアイスコーヒーをご用意しておかなければ…。」 そして降り注ぐ太陽の下、恐らくはいずこの砂漠でもこの熱さは変わりないと思われた。 海上を緩やかに進むスウィートキャンディ号の甲板で、一匹のゴブリンがウロウロと歩き回っていた。 何をするでもなくうろつき回る船長に船員は皆迷惑顔だ。 元々潰れた顔をなおもぐじゃぐじゃにした船長は『嗚呼』と嘆く。 文句などあるはずが無いのだ。 この船を修理に出す条件に、『なんでもする』と記載してしまったのは自分なのだし、署名もした。 それを掲げられて、最上客の扱いで乗せなさいと言われたからと言って不条理だなどとは思わない。 ましてやそれが、愛しのジェーン嬢なのだ。 ストライクゾーン真っ只中のキュートでラブリーな彼女を乗せるにあたって万歳三唱をした上で、甲板中にレッドカーペットを敷いたって、この喜びは減りそうにもない。 ひょっとしたら、海の男の素晴らしさを再認識して頂けるのではないか…などと(獲らぬ狸の皮算用)までしていた彼だったが、今はだた涙を滲ませるのみ。 『ジェーンちゃん。その男は誰なんだ!?』 何度か呟いた心に叫びをまた繰り返して、マストの蔭から潮風を楽しむ二人を見つめた。 サラサラと腰まで伸びた巻き毛を風に揺らし、額に手を当てて微笑むジェーンは最高にキュートだったが、そのほっそりとした腕は、横の男に絡められていた。 年は自分と同じかそれ以上か、おじさんの域に入るであろう男はそれでもなかなかの男前で、穏やかな笑みを浮かべながら愛しい彼女を見つめている。 ジェーンも屈託無く笑い、時折肩に頭などのせながら楽しそうに微笑んでいる。それがまた、愛らしく可愛いのだ。 それが、気にいらない。 はぐはぐと言いながら、自分の袖を噛む気色の悪い船長を斜めに、船員がボゾボゾと会話を交わしていた。 「おい、誰か言ってやれよ。」 「え〜やだよ。人の話なんかきかねえで、泣きついてくるんだぜ。シャツを唾液と涙と鼻水でべたべたにされちまわ。」 「だって、あれ親父さんだろ?自己紹介してたぜ?」 「ショックで聞いてねーんだよ。船長は。脳味噌少ねぇしな〜。」 締め括りの言葉にうんうんと頷く船員達。v 船長がその事実に気付いたのは、目的である砂漠のすぐ手前、折角のジェーンちゃんとの船旅が終わろうとしていた頃であった。 ボスン。 何かが砂地に落ちた音がした。 落下物は勿論ザック。 コントなら、確実に頭から突っ込んで、足が犬神家の一族状態になっていただろうが、サックもそこまで間抜けでは無い。 しかし、軽く尻餅をついて、さすりながら立ち上がる。コートの中からハンペンが顔を覗かせた。 「良かったね、ザック。生きてるよ。」 その言葉におしっこちびりそうになった。と言うわけにもいかず、ザックは頬を赤くして黙って服に付いた砂を払う。 辺りを見回せば、砂漠。恐らくエマに言い渡された場所に間違いは無いだろう。 「おい、ついたみたいだな。ゼット。」 そう言って振り返ったザックは、砂漠のど真ん中でいそいそと弁当を広げる魔族の姿を見つけた。 可愛らしいランチマットに包まれたお弁当の中身はサンドイッチ。真っ赤なヒールベリーが添えられていた。 『身体に気を付けて頑張って下さいね。』 と言うアウラ嬢の心遣いが垣間見える代物ではあっったが、ザックはひょいとそれを取り上げた。 「なっ、何をする〜〜〜!!!」 ゼットの叫びには耳を塞ぎ、ザックはこう宣言する。 「お弁当は、太陽が真上に昇ってからだ!」 「そんな事をしたら、アウラちゃんの愛が冷めてしまうっっ!」 「サンドイッチが冷めるかっっ!!探査もしてねぇのに弁当喰うんじゃねぇえ!!」 元々は、遺跡荒し専門の渡り鳥。職業意識が頭を擡げて、働かざる者喰うべからず!の教えに身体が順応していた。 おまけに、エルウの祠が見つからなければ、あのエマ博士に何を言われるかわかったものではない。 しかし、ゼットはじたばたとだだを捏ねる。 「返せ!アウラちゃんお手製の俺の弁当だぞっっ!!」 両手を前に出して、ゾンビのように迫ってくる魔族に、ザックも弁当を斜めに構えて、コートを翻し臨戦態勢に入る。 口角を持ち上げ、不敵に嗤う。 「これだけは、使いたくなかったが…。」 好戦的な剣士の様子に、ゼットの眉が訝しげに歪められた。 「な、なんだ!?。」 「拾った物は、拾い主が一割貰っても良いことになっているんだ。言うとおりにしないと、この弁当の一割を食うぞ!」 稲妻が走ったように動きを止めたゼットは、ザックの前でに何度もコクコクと頷いた。犬で言う服従の証だろうか? 「わかりゃあ、いいんだよ。わかりゃ。」 勝ち誇ったように笑うザック。指をくわえるゼット。 見つめるハンペンが溜息を付いた。 「…砂漠のど真ん中で何してんだか…。」 軽快な音でタラップを降りたロディが目を閉じた。そのまま、両目を隠すように手で覆ってから、ゆっくりと瞼を上げる。 細かな砂を撒き散らす風が、吹き荒れていた。 「どうしましたか?ロディ。」 立ち止まったロディの背中からセシリアが声を掛ける。 「風が強いんだ。目が開けていられない。」 「まぁ、そうですか?」 後ろから降りようとしていたセシリアが顔を出すが、無防備に顔を覗かせたせいか、まともに風を受けてしまった。 「痛っ…。」 両目を手で覆いながらセシリアが俯くと、ロディは降りてきたタラップを上がると顔を覗き込んだ。 「大丈夫?」 「平気です。」 両目に涙を浮かべながら顔を上げたセシリアに、一瞬ドクリと心臓が鳴る。 『女の子の涙には馴れない』それが、感情を伴わない生理的なものであってもだ。 セシリアのものなら尚更。 自分が何をしたわけでもないのに、罪悪感が浮かんでくるというのもどうだろう。…とロディは思う。 いつか、自分が彼女を涙させるような行為でもとるのだろうかまで想像が及んでしまうと、赤面するしかない。 「すみません。ご心配をお掛けしてしまって…。」 暫くそうしていると、涙が砂を流してしまう。 ロディが一瞬狼狽えた事など、気付く事なく、セシリアはいつもの笑顔に戻る。何度か、瞬きを繰り返して異常がないことも確認してから、ロディに微笑みかけた。 「不注意でした。これからは、気を付けますわ。」 潤んだ瞳には少しばかり胸がなったが、ロディもホッとした気分で笑顔を返した。 「でも、外に出るのは、もう少し風が止んでからにしょう?」 差し向かいの座席に座ると、奇妙に緊張する。 セシリアは、斜め前の席でARMの手入れをしているロディを視線に入れながらそう感じた。しんと静まり返って、ただ、彼が動く度に出す金属音だけが響く空間。 いつもならザックがいる。パンペンもいる。パーティで動く時には、エマやジェーン、ゼットもいた。 普段とても賑やかな操縦席は、密室であることも手伝って、普通の旅の途中で二人きりになる以上に、それを意識させた。 何か言わなければと思いながら、適当な言葉も浮かばず、かといってこの場を離れる事も出来ず、ロディの姿をチラチラ見るという自分で考えても奇妙な行動をとることになっている。 ロディは元々無口な方だから、全く気になってはいなのだろう。 無心に、自分の作業に没頭しているように見えた。 セシリアにとってこの奇妙な空間は、永遠に続くかと思われるほど長く感じた。 「ねぇ、セシリア。」 しかし、その沈黙を破ったのはロディの方だった。 「何でしょうか?」 沈黙が途切れた事には感謝しながら、普段と違う雰囲気を纏うロディにセシリアは、不安を覚えた。 「考えてみたんだけど…。」 ロディはそう言うと、少しだけ言葉を淀ませた。 「砂漠に出る魔物は、やっぱり『兵器』なんだろうか?その…。」 セシリアは、咄嗟に彼が何を言おうとしているのかを察した。両手で拳を握りロディににじり寄ると、遮るように声を張った。 「ゴミです!生ゴミです!」 「は?」 ロディの紅い瞳が見開かれる。しかし、彼女は怯まない。無遠慮に顔を覗き込んだ。 「ロディもお聞きになったでしょう!? エマ博士やニコラさんもおっしゃっていたじゃないですか!あれは、生ゴミです!」 セシリアは、ロディに会話を続けさせたくはなかった。そんな言葉を彼の口にさせたくない。 場の空気を読めない天然と呼ばれた彼女であっても、それは直ぐに察する事が出来たからだ。彼はこう告げようとしていた。 兵器なのだろうか…『自分と同じ様に。』 必死の形相で、自分に迫るセシリアに、ロディの表情が緩む。 口元を手で覆うとぷっと吹き出した。 セシリアは両手で拳を握ったまま、赤面する。 ロディは手にしたままだったARMを横の座席に降ろし、その手をセシリアの頭に乗せた。手袋に染みついているのか機械油の匂いがした。 それは、彼の側に近付いた時に必ず感じる匂い。 時には子供のようなロディを酷く男らしく感じる匂いでもあった。 「…たく、セシリアは…。」 苦笑いをしながら、彼女の額に自分のものを触れさせる。 「そういうつもりで言ったんじゃないよ。これから起こる事に対処する為の仮説として…だから。」 「仮説…ですか?」 すっと、触れ合っていたロディの額が離れると、セシリアの顔を見つめた。 「今回は、ゼットやザックがいないだろう?普通は、自然に役割分担してて接近した敵は彼らにまかせてたけど、今回は二人だから、その時の対処の仕方を考えてた。」 そう言ってクスリと笑う。 「僕も、セシリアもどちらかと言えば遠距離から狙う攻撃しか出来ないから。そういうつもりではする。でも、不意打ちとかね。…まぁ最悪でも、セシリアには手を出させないけど。」 本人には何の意図もないのだろうが、思う存分口説き文句と化した言葉がセシリアの頬を尚更赤く染める。どう返事をすればいいのか、言葉に迷う。 「あ、その…。」 彼は、ずっと黙ってこの事を考えてくれていたのかと思うと、セシリアは嬉しかった。 そして自分の事が少し不甲斐無く感じる。先の事をきちんと考えるのは、国を預かっている自分が思い浮かばなければならないもののように思えたから。 「私、あの…。」 「俺は丈夫だし、ARMで殴ろうとか考えてた。」 ロディはそういうと、力こぶをつくってにっこりと笑う。冗談…なのだろうか?いやいや、彼にかぎっては、本気なのかもしれない。笑うべきか止めるべきか? 返答に窮したセシリアは、こういう状態に置かれた人間のとる常套手段を講じた。 視線と話題を反らすという初歩的で確実な手段。 「あ、見て下さい、ロディ。風が止んでいますわ。」 「ホントだ。」 クルリと振り返り窓の外を確認したロディは、広げていたARMをホルスターに仕舞うと立ち上がる。 「行こう、セシリア。」 「はい。」 content/ next |